2011年03月09日

シューマンの指 その2


シューマンの指 その2です。

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奥泉 光さんの「シューマンの指」はミステリー小説ということになっているので、
ねたばれ的なことは無粋なので書きません。

この小説は、シューマンの音楽、特にピアノ曲について、作者の感じた印象や解釈がたくさん書かれています。
わたしは、作者がシューマンの音楽に対してアプローチする、その音楽小説的な部分にとても惹かれました。

まあ、ミステリーはおまけみたいなものです。

この小説自体は基本的に、主人公である里橋優の手記という形で綴られます。
その文章は情緒的で感傷的で、陰鬱で、まるで灰色の海をずっと眺めているような感じです。

作者がシューマンのピアノ曲について、全編を通して、繰り返し、表現や言葉を変えながら、
言っていることは、たった一つのことでした。
以下に小説の中から、その文章をピック・アップして、掲載します。


「一つの曲の後ろ、というか、陰になった見えないところで、別の曲がずっと続いているような感じがするんだよね」

「シューマンはね突然はじまるんだ。ずっと続いている音楽が急に聴こえてきたみたいにね。」

「シューマンは <中略> 彼自身が一つの楽器なんだ。 <中略> だから彼がピアノを弾いたとしても、
それはシューマンのなかで鳴っている音楽の、ほんの一部分でしかないんだ」

「シューマンの中ではたくさんの音楽が鳴り響いており、それは「地層」のように折り重なっている。
私たちには地表に現れた土地しか見えないが、眼に見えぬ地面の下には無数の「地層」が隠され・・・」

「翼を一杯に拡げ羽撃く金色の鳥は、太古から宇宙を飛び続けてきたのであり、その神話の鳥が、忽然、姿を現したのである。」

「シューマンの音楽はずっとどこかで続いていた音楽が、急に聴こえてきたようでなければならない。」

「いきなり断ち切られ血がほとばしるように弾いて初めて、シューマンが導きだそうとしている音楽の広がりは表現できるのだ。」

「地層のように果てしなく続く、この世界にすでにある音楽」

 
シューマンのピアノ曲を聴くと、まさにこんな感じがするわけで、
ほんと唐突に、激しく、狂気のような音楽が展開されたりします。
それは作者がいうように、ずっと続いていた音楽の一部分のようでもあり、
隠れている部分に無数の音楽があるようでもあり、神話の鳥が忽然と姿を現したようでもあります。

わたしは、そうであったのかと思いました。
作者のシューマンのピアノ曲を聴いた印象と、わたしがシューマンに持っていた印象が、
この本を読んで、重なり合ったのだと思いました。




わたしがシューマンのピアノ曲を聴きはじめたのは、
当時、付き合っていた女の子が、
「シューマンのノベレッテ、オーパス21がわたしのテーマ曲なの!」
と言ったから。

その時まで、わたしはシューマンのピアノ曲をほどんど知りませんでした。
さっそくCDをさがして購入すると、ノベレッテop21は8曲からなる小曲集で、
どの曲のことを言っているのかよく分かりませんでした。
それで彼女に「そのうち何曲目?」と聞くと、
彼女は「第1曲目」と答えました。
なんでこの曲が、テーマ曲なんだろうと、わたしはずいぶん考えました。
彼女がピアノを弾いていたからそうなのかなと思いましたが、ピアノなんて弾けないと言います。
「この曲を聴いて、自分にネジを巻くんだ。」
と彼女は言っていました。

それから、それこそ数え切れないくらいにノベレッテop21を聴きましたが、
どうもわたしには、この曲集がネジ巻き音楽には聞こえない。
もしかしたら、その時彼女は、この曲の耳には聴こえない隠れている音楽、
そう全く別の音楽を聴いていたのかも知れないと、今この小説を読んで思います。

いずれにしても、それ以来シューマンのピアノ曲はわたしの友達です。


               
posted by ピコティ at 00:00| 東京 🌁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

シューマンの指 その1


シューマンがとっても好きだ。
というブログを前に書きました。
実際にアルゲリッチのシューマンのピアノ・コンチェルトの演奏会にも
昨年12月1日に行って、とても感動しました。

そして今、奥泉 光さんの「シューマンの指」という小説がとても話題になっています。

シューマンの指とはなんとも意味深長な題名ですね。

その小説のことを書きたいと思いますが、
まずその前に、当時のブログを再度アップしますね。


2010-10-09 

シューマンのピアノコンチェルト


シューマンのピアノコンチェルトが
最近大好きです音譜



切ないメロディ、溢れるロマンティシズム、
ん〜。
涙がちょちょぎれます汗



好きになったきっかけは、というと、
エレーヌ・グリモー というピアニストの演奏を聴いてから。

ipad 001.JPG
 

彼女はなんと!野生の狼と話しができてしまうという (なんか凄いわんわん)、

不思議な魅力のある
フランスのピアニスト。



最初は曲がすきなのか、彼女が好きなのか分からなかったけど。。。
  (両方かも。 てへへにひひ


他のピアニストの演奏を聴いても、やっぱり良いものはいいビックリマーク

ピアノ曲はたくさん作曲していたシューマンですが、
なぜかピアノ・コンチェルトはこの1曲だけ。。
それが、これほどの名曲とは。

これからの、秋の夜長。
人恋しい季節にはぴったりかも。。



ところが最近、「クララ・シューマン愛の協奏曲」 なる映画を観て、
映画の中のシューマンには、ちょっとがっかりガーン

クララシューマン.jpg 
シューマン45歳の最晩年の頃で、
精神に異常をきたしていた時代のストーリーとはいえ、
若き日のさっそうとした面影はなく、イメージと大きく異なる姿で残念。。叫び

わたしの中のシューマンはとってもかっこいいのです。


                       
posted by ピコティ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月23日

マーラーと丹後半島


昨年2010年はマーラー・イヤー、そして2011年もマーラー・イヤーexclamation×2
なんと2年連続です。

なぜでしょう?

マーラーがとてもしつこいから!まさかね。。。

昨年は生誕150年
今年は没後100年
とのことです。

2年連続とは、さすがマーラーです。

というわけで、マーラーについてお伝えしますね。


マーラーというと、クラシックを知っている人には当たり前、
でも一般の人には、「誰それ?」
みたいな存在かもしれませんね。。

そこで、わたしのマーラーにまつわる思い出を少し。

もう何年も前のことですが、京都府の丹後半島をドライブする機会がありました。

丹後半島は丹後松島があるぐらい、海と島々が織り成す風光明媚なところ。
Dsc00021.jpg 


お天気も良く、最高のドライブでしたが、その内夕暮れが近づきました。
太陽が日本海に沈む様子が見たくて、車を止めました。
通行する車もなく、人影もない、まったく無人の環境で、
わたしは大自然と向かい合うことができました。

その時になぜかマーラーの交響曲第3番の第6楽章が聴きたくなり、
BGMとして流したのです。

車に積んであったのは、レナード・バーンスタイン指揮、ニューヨークフィルハーモニックの演奏でした。
この演奏、テンポを間違ったのではないかと思うぐらい、ゆっくりと始まります。
ずっと地を這うような、ゆったりとした演奏は、だんだんとエネルギーを蓄えながら、
大きなうねりをつくっていきます。
それはまるで大河の流れ、そう大河のような演奏でした。

そして、その曲のクライマックスたるや、圧倒的なエネルギー、もの凄いスケールで
わたしに迫ってきました。

丹後半島の偉大なる大自然と向かい合いながら、
わたしの目からは涙があふれていました。
知らず知らずにわたしは泣いていたのです。

そうして、曲は終わり、
ちょうどその時、大きな太陽は水平線に沈みました。


屏風岩夕景S.JPG 


辺りは次第に闇に包まれて、そして静寂が訪れました。。。



マーラーの音楽は、大自然に見事にマッチし、少しも負けません。
ベートーヴェンの音楽で泣く人はいないかも知れませんが、
マーラーの音楽では、泣けますよ。

それ以来、この曲を聴くと、私の頭の中には丹後半島の海が広がります。





                               





posted by ピコティ at 23:36| 東京 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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